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泉州むかし話

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桑原桑原

 うだるような夏の昼下がりであった。
遠くで雷鳴がしていた。
「ああ。何と暑いこっちゃの。一雨こんもんかいな」
「さいな。ここのとこ日照り続きで田にヒビが入ってるがな」
 農民たちは天を仰いで嘆息していた。
「ほやけど、今日あたり一雨きそうやで」
と話し合っていた。
 そのうち晴れ上がっていた空はかき曇り、一陣の風が吹き抜けたかと思うと土砂降りとなり目がくらみそうな稲光りがした。そして、耳をつんざくような雷鳴が轟いた。
「そらっ。きおった、きおった」
 農民たちは、大急ぎで、ある家の軒下へ逃げ込んだ。
「今の雷はゴッツ(大きい)かったやんけ。近くへ落ちたんやで」
「何とおそろしこっちゃの」
と一同はガヤガヤ言っていた。
 ここは和泉の国郷莊村桑原(ごうしょうむらくわばら)という所である。(現在和泉市)
 ここに『桑原の井』という井戸があった。それは農民たちが、雨宿りをしているこの軒下からそう遠くないところにある。
 やがて雷鳴も遠のき、一同はほっとしていたのであるが、その時、雨音に混ってどこからか悲しそうな子供の声が聞こえてきた。
「エーン。エーン。助けてよう……」
 幻聴のような気がして、人々はしばらく無言のまま不審そうにその泣き声を聞いた。それから、お互いに顔を見合わせた。
「この雨の中で、あの子はどうしたんや」
「どこのガキならよ。どうせ川へでも入って溺れかけてんやろ。とにかく助けてやらんことにゃ」
と気の早い男は小川の方へ駆け出そうとしていた。
 しかし、その声はそこの桑原の井から聞こえてくるようだった。
「あれっ。桑原の井から聞こえてるやんけ」
「妙なこともあるもんやの」
 皆は、急いで井戸の周りへ集まった。
 その時、子供が苦心して井戸の口まで這い上がってきたところであった。
「おお、えらいえらい。お前一人で這い上がってきたんかいな」
「ほんでお前どこの子ならよ。なんや見たこと無い子やの」
「へえ、わて雷の子でんね。雲の上で遊び回ってたんやけど、足を踏み外して井戸の中に落ちたんでおます」
「何ッ。雷のガキやて。われみたいなガキ、だれが助けてやるかえ!」
「そうや。そうや。われみたいなガキ、井戸で溺れ死にくされ」
と皆掛かりで井戸に重い蓋をした。
「エーン。エーン。どうか出しとおくなはれ。おっとうや、おっかあは、わての帰りを待ってんのでおます。わてが死んだら、どない哀しむやろな。エーン。エーン」
その泣き声がいかに悲しげで哀れなので、さすがの村人たちも、あの憎い雷奴の子といえども幼い者をこれ以上いじめるのもはばかられ、井戸から助け出してやった。
「おおきに。有り難うおます。このお礼に何でもさせてもらいますさかい」
「お前みたいな子供になにもできへんやろが……」
「われみたいなガキに何してもらおう思てへんわ。それよりな、二度とこの辺りへ落ちんように、おっとうや、おっかあによう言うときや」
「そのかわり約束破りくさったらどうなるか、よう言うとくんやで」
皆に責め立てられてシュンとしていた雷の子は、何か妙案がうかんだらしい。
「そやけど、只この辺りへ落ちるなと言われても、わてここはどこか知りまへんがな。ここはなんちゅうところでおまんの」
「成る程、それもそうやの。ここはな桑原ていうとこやがな。お前の落ちたとこは桑原の井ていう井戸やがな」
「そうだっか。ほんなら桑原へはどんなことがあっても落ちんように、おっとうから仲間のもんに言い付けてもらいま。何というても、わてのおっとうは雷仲間の大将やさかい。ほんでなカミナリが鳴り出したら『クワバラ クワバラ』と言うとくれやす。ほんなら、そこへ落ちまへんさかい」
と言うのであった。
 雷の子は命を許してもらったことが、よくよくうれしかったものと見え、厚く礼を言いつつ空へ帰っていった。
 その後、この地方には落雷がなくなったとのことである。
 雷が鳴ると「クワバラ クワバラ」というのは、そのせいらしい。


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